浦和地方裁判所 昭和54年(行ウ)5号 判決 1980年12月24日
原告
金子良雄
被告
加藤瀧二
右訴訟代理人
富岡誠
同
渡辺武
主文
一 川越市がした別表(一)記載1ないし3及び別表(二)記載1ないし11の各支出に関する原告の訴は、いずれもこれを却下する。
二 被告は、川越市に対し金四八〇万円及び内金二四〇万円に対する昭和五三年四月二五日から、内金二四〇万円に対する同年一〇月九日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実《省略》
理由
(訴の適否について)
先ず、本件訴の適否について判断する。
一原告が、昭和五四年一月一九日本件交付金の支出について、川越市監査委員に対し監査請求をしたこと、右監査委員が同年三月一七日付をもつて原告に対し右監査請求は理由がない旨の監査結果を通知したこと及び昭和五二年度分交付金の支出が同五三年一月一八日までになされたが、原告の右監査請求はそれから一年を経過した後にされた事実は、当事者間に争いがない。
二原告は、昭和五二年度分交付金の支出についての監査請求を一年以内の期間にすることができなかつたことにつき正当な理由があるとし、その理由として、右交付金の支出は秘密のうちになされ市民には全く知らされておらず、原告がこれを知つたのは同五三年七月六日の新聞記事によるものであると主張するが、仮りにその主張するとおりであつたとしても、他に格別の主張も立証も存しない本件においては、それから半年余も経過した後になされた監査請求につき、正当の理由があつたものと認めることはできないから、右主張は失当である。
三以上の事実によれば、本件訴のうち、昭和五二年度分交付金の支出に関する訴は、適法な監査請求を経ていない不適法なものといわなければならない。もつとも、前叙認定事実及び甲第八号証によれば、川越市監査委員は不適法な原告の昭和五二年度分交付金の監査請求についても、これを適法なものと認めて実体判断をした事実を認めることができるが、そのために不適法な監査請求が適法なものになるいわれはないし、また、監査委員に元来不適法な監査請求を適法なものとする権限を付与した法律上の規定も存しないから、監査委員の適法なものとの認定、実体判断の事実によつて右認定を左右することはできない。
(本案について)
進んで、本案について判断する。
一原告が肩書地に居住する川越市の住民であり、被告が川越市の市長である事実は、当事者間に争いがない。
二そこで、昭和五三年度分交付金の支出の適否について検討する。
(一) 川越市の公金が別表(一)、(二)に記載する昭和五三年度分の研修図書購入費及び各派研修費として、いずれもその交付年月日欄記載の日に支出された事実は、当事者間に争いがない。
(二) 次に、右公金の支出が誰によつて何人に対してなされたものであるかを検討するに、<証拠>を総合すると、川越市は昭和四八年度から研修図書購入費を、同四九年度から各派研修費を予算に計上して支出していたが、昭和五三年度においても、議会費として市議会図書室の図書購入費(節は備品購入費)金一〇万円とは別個に、負担金、補助金及び交付金(節)のうちの交付金(細節)として、議員の資質、能力を向上させるための研修図書購入費及び各派研修費を含めた金一、〇一〇万円を予算に計上して市議会の議決を得たこと、川越市は川越市事務決裁規程(昭和五〇年訓令第二号)第三条の規定により、市長の権限に属する事務のうち金一〇〇万円以上金五〇〇万円未満の支出負担行為を助役の専決事項と定めていること、川越市議会には、政治的思想を同じくする議員をもつて構成する清和クラブ、公明党議員団、社会党議員団及び共産党議員団等の会派が存すること、助役渋谷庄次は、右専決規定に基づき、研修図書購入費については、同五三年四月二一日及び同年一〇月一日の二回にわたり、いずれも議員四〇人に対し一人一か月金一万円とする積算根拠によつて算出した金員につき支出負担行為をし(合計金四八〇万円、一人につき金一二万円)、収入役をして各議員に対し右予算の中から前示のとおり支出させ、各派研修費については、同年四月二一日及び同年一〇月二日の二回にわたり、右各会流に対しこれに所属する議員一人につき一カ月金一万円とする積算根拠によつて算出した金員の支出負担行為をし(合計金四八〇万円)、収入役をして右各会派に対し右予算の中から前示のとおり支出させたこと、清和クラブは、交付を受けた右各派研修費を、研修会、講演会、図書購入等の諸費用の支払に充てたこと及び川越市は本件の監査請求がなされたため、昭和五四年度から研修図書購入費及び各派研修費の予算計上を取止めた事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。
右に認定したところによれば、昭和五三年度分研修図書購入費は議員各個人に対し、同各派研修費は前記各会派に対し、いずれも専決権を有する助役渋谷庄次の支出負担行為によつて支出されたものといわなければならない。
この点に関して被告は、右研修図書購入費は川越市議会議員全員からなる研修団体に交付されたものであつて議員各個人に交付したものではないと主張し、前示<証拠>には、これに符合するように、右研修図書購入費の受領者として「川越市議会議長山口登」の記名押印が存するけれども、研修図書購入費は二回にわたり一人一か月金一万円とする積算根拠のもとに各金二四〇万円(一年合計金四八〇万円)につき議員四〇名に対する支出負担行為がなされ、そのとおりの支出がなされたことは、前説示のとおりであるほか、川越市議会議員全体からなる研修団体なるものの存在を認めるに足りる証拠も存しないから、右「川越市議会議長山口登」の記名押印は、前示研修図書購入費を一括受領するための便宜的な手段と認めるのが相当である。従つて、右の各記載をもつて前叙認定を左右することはできない。
もつとも、前示<証拠>によると、右各派研修費は無所属の市会議員田島嘉平に対しても前示積算根拠に基づいて交付されている事実を認めることができ、右の事実によれば、各派研修費は議員に交付されたのではないかとの疑問を容れる余地がないでもないが、前示<証拠>によると、右市議会における無所属議員は同人唯一人であつた事実を認めることができ、これに右研修費の性格からみて、川越市は無所属議員田島嘉平を一人ではあるが一会派に属するものとして右の各派研修費を交付したものと解されるから、これをもつて右認定を動すこともできない。
してみると、昭和五三年度分交付金が被告によつて支出されたこと及び同年度分各派研修費が議員に支出されたことを前提とする原告の主張は失当である。
(三) 次に、原告は、右交付金の支出が助役の専決権の行使によるものであつたとしても、右交付金の支出は違法、不当なものであるから、その責は挙げて川越市の最高責任者である被告に帰する旨主張するので、右交付金の支出が違法、不当なものであるかどうか、被告に帰責事由が存するかどうかの点について、以下順次判断を加える。
(研修図書購入費について)
1 右に認定した事実によれば、川越市が助役渋谷庄次の専決権行使により、昭和五三年度分研修図書購入費の名目のもとに、議員四〇人を限定して支出した金四八〇万円(一人当り金一二万円)は、議員に対する給付と認めざるを得ない。
2 ところが、被告は、右研修図書購入費は補助金であると主張し、その理由として、市議会図書室は狭隘で閲覧に不向きであり、蔵書も少ないため、市議会議長において議員に必要とする書籍を安価に一括購入するために交付されたものが研修図書購入費であるという。
しかしながら、<証拠>によると、川越市には、地方自治法第二三二条の二の規定に基づく川越市補助金等支出に関する規則(昭和三六年規則第一一号)が制定されており、右規則によれば、補助とは法令に基づき支出義務を有する支出及び国又は他の公共団体に対する支出を除く寄附金、補助金、交付金及び助成金等の支出をいい(第二条)、これを、特に使途を指定しないでその団体の経費に充てるための一般補助と、特定の事項若しくは特定の事業の経費に充てるための指定補助とに区分し(第三条)、補助を受けようとするものは所定の期限内に補助を必要とする理由書など所定の書類を市長に提出し(第四条)、市長は公益上補助する必要があると認めたときは予算の範囲内で補助する旨の決定をして補助金を交付し(第五ないし第七条)、補助金の交付を受けたものは経理の内容を明らかにする簿冊を整備する(第八条)ほか、所定期間内に所定の書類を市長に提出すべきものとされている(第九条)が、昭和五三年度分研修図書購入費については、右の規則に基づく手続が履践された事実を認めるに足りる証拠がない。
また、<証拠>によると、川越市議会には、川越市議会図書管理規則(昭和二三年議会告示第一号)に基づき議員の調査研究に資するため、以前から図書室が設けられており、右図書室は僅か20.72平方メートルと狭隘であるため閲覧にも不便であり、蔵書の数も少ないが、室長及び書記が配置されている事実を認めることができるから、議員の資質向上等のため更に多くの書籍を必要とするなら、川越市は先ず本件研修図書購入費をその費用に充てるなどして図書室の整備拡充に努めるべき筋合いのものである。川越市が議員に対し資質能力の向上に資するため読書の必要があるとして、前示図書購入費の四八倍もの研修図書購入費(昭和五三年度)を交付するようなことは、寔に不合理であり、効率の悪い予算の使い方で、なん人の納得も得られないところであろうし、証人戸田正雄は、議員である同人が昭和四八年度から同五三年度までに交付を受けた研修図書購入費のうち、図書の購入に充てたのは三分の一位であると供述するほか、議員の交付を受けた研修図書購入費の使途を明らかにする証拠の存しないことも、また、考慮さるべきである。なお、市議会議長が書籍を一括して安価に購入したとの事実を認めるに足りる証拠も存しない。
ところで、補助金とは、公益上の必要に基づき特定の団体、特定の事項又は事業の経費に充てるために交付される金銭であるが、研修図書購入費の如きは、その交付が議員の資質能力の向上に役立つものであつたとしても、川越市及びその市民にとつては間接的なものであり、また、議員が公的地位にあるが故に公益性を有するわけのものではなく、しかも、議員に対し研修図書購入費を交付する合理的理由がなく、その使途も明らかでないこと及び川越市が自ら定めた川越市補助金等の支出に関する規則所定の手続を履践しなかつたことなど前叙認定事実によれば、昭和五三年度研修図書購入費が補助金であると認めることはできない。被告の右主張は採用しない。
3 ところで、地方自治法第二〇四条の二、第二〇三条は、普通地方公共団体はいかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずに、これを議会の議員に支給することができない旨を規定しているところ、昭和五三年度分研修図書購入費を支出する根拠となる法律及びこれに基づく川越市の条例は存しないから、右研修図書購入費につき助役渋谷庄次が専決権に基づいてした前示支出負担行為は地方自治法の右規定に違反する違法なものであり、川越市は右支出負担行為による研修図書購入費の支出により、これと同額の損害を被つたということができる。<証拠>によると、昭和五三年六月当時埼玉県内の多数の市において議員に対し右研修図書購入費と同様の金員が議会費の中から支払われていた事実を窺うことができるが、このようなことから右認定を動すことはできない。右認定に反する<証拠>は当裁判所と判断を異にするもので採用できず、他にこれを動すに足りる証拠は存しない。
そして、前叙認定説示したところによれば、川越市の被つた右損害は、被告の権限に属する事務を直接補助する職員であつて、川越市事務決裁規程によつて指定された助役渋谷庄次の故意、少なくとも重大な過失に基因するものというべきである。
4 ところで、前示のように、川越市事務決裁規定に基づいて市長の権限に属する支出負担行為の一部が補助職員たる助役に委任されている場合には、その内部関係においては、特段の事情がない限り、当該事務について実質的に権限を行使した受任専決者がその責に任ずべきものであるが、右権限の行使について関与したとか、地方自治法第一五四条の規定に基づく受任専決者の指揮監督権の行使につき故意又は重大な過失の存した場合には、市長も、またその責を免れることができないものというべきである。
そこで、これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、研修図書購入費は、市議会議長らの川越市長であつた被告に対する要望により、初めて昭和四八年度の予算に議会費の負担金補助及び交付金(節)のうちの交付金(細節)として計上し、同年三月の市議会において議決されて市議会議員に支払われ、以来昭和五三年度分研修図書購入費の支出に至るまで、多額の金員が同様の方法で支払われていた(昭和四八年度分は議員一人当り一カ月金二、〇〇〇円であつたが、その後漸次増額され同五三年度分から同一カ月金一万円。)こと及び市長は、予算案を作成して市議会に提出し、議決を経てこれを執行する職責を有するが、議会費の予算案を作成するに当つては、市議会事務局長から提出された予算見積書の内容につき事情聴取等に当つた助役、企画財政部長及び財政課長から、予算規模、新規及び重要事項についての説明を受けて、予算原案の最終査定をする手続になつていた事実を認めることができる。
右の事実によれば、研修図書購入費は、市議会議長らの被告に対する要望により昭和四八年度の予算に初めて計上されるに至つたものであるが、被告は、その予算案を最終的に査定するに際して助役等からこれに関する説明を受け、昭和五三年度の予算案においても、その最終査定の段階において研修図書購入費の予算規模等につき同様の説明を受けていたというべきであつて、これに議員に対する研修図書購入費そのものの性格が曖昧で、法律及び条例上その根拠がなく、不合理、不当なものであることなどの前叙認定事実を勘案すると、右研修図書購入費は、法律又は条例に根拠なく市議会議員に交付される違法な給付であることを被告において知悉していたものといわざるを得ない。そして、昭和五三年度研修図書購入費用は、助役渋谷庄次の専決権による支出負担行為によつて議員に支払われたものであるが、右助役が市長たる被告の補助機関であることは、前認定のとおりであるから、市長たる被告は、その有する指揮監督権に基づいて右助役に対し違法なる昭和五三年度分研修図書購入費の支出負担行為を停止させる措置をとるべき義務があつたのに拘らず、そのような措置をとることなく、右助役をしてその支出負担行為をさせたのであるから、同助役に対する指揮監督権の不行使につき、故意、少くとも重大な過失があるというべきである。
従つて、被告は、地方自治法第二四三条の二第一項の規定に基づいて川越市に対し、助役渋谷庄次が昭和五三年度分図書購入費の支出負担行為による支出によつて同市に与えた損害金四八〇万円及び内金二四〇万円に対する支出の日である昭和五三年四月二五日から、内金二四〇万円に対する同じく同年一〇月九日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
(各派研修費について)
1 昭和五三年度分各派研修費が前示各会派に交付されたことは、既に説示したとおりである。
2 そこで、右各派研修費が被告の主張するように補助金であるかどうかについて判断する。議員は、条例の制定、予算の決定等に市民の意思を反映させるため、市民の直接選挙によつて選出されたものであつて、地方自治において重要な役割を担うものであるから、その責務は重く、高度な識見とこれに裏打ちされた議会活動能力を要求されることはいうまでもない。そのため議員に対しては先ず普段の研鑽が期待されるところであるが、政治的思想を同じくする議員が相集つて結成した会派において、互に研鑽を加えることはより効果的な面があり、また、市の政策などについて検討を加えることは、有意義なことであるから、川越市にとつて好しいことであるばかりでなく、惹いてはその市民に利益を齎らすものということができる。従つて、右の事実は、補助金の支出を基礎づける公益たり得るものということができる。
そして、<証拠>を総合すると、昭和五三年度分各派研修費は、川越市が右の如き公益性を考慮し各会派に対する支出の必要性を認めて交付した事実を認めることができるから、右は、地方自治法第二三二条の二、川越市補助金等の支出に関する規則にいうところの団体に対する補助金と認めるのが相当である。
この点に関して原告は、右各派研修費の支出は公益上の必要性を欠くと主張する。たしかに、右各会派研修費については、各会派の昭和五三年度における研修予定の有無、回数、場所及び費用など研修に要するであろう経費を基準とせずに、議員一人当り一か月金一万円という不合理な積算根拠に基づいて多額の金員が各会派に交付されたほか、その使途は必ずしも明らかでないなど、不明確、不明朗な点もないではないが、これが他に流用されたとの事実を認めるに足りる証拠がなく、これに前示認定事実を総合すると、補助金である右各会派に対する会派研修費の交付が、直ちに公益上の必要性を欠くものと断ずるまでには至らない。
3 原告は、昭和五三年度分各派研修費の支出は川越市補助金等の支出に関する規則に違反して違法であると主張する。たしかに、右各会派が昭和五三年度分各会派研修費の交付を受けるについて、川越市補助金等の支出に関する規則所定の手続を履践した事実を認めるに足りる証拠は存しないけれども、右各派研修費は、前示研修図書購入費の場合と異なり、前示各会派に対し補助金として交付されたものであること、右にみたとおりであるから、その際補助金の申請、交付の手続を定めた右規則に違背したからといつて、補助金の交付そのものが違法、無効となる筋合いのものではないので、原告の右主張を採用しない。
4 原告は、昭和五三年度各派研修費の支出は裁量権の範囲を逸脱し、裁量権の濫用による違法、不当なものであると主張するが、右各派研修費の支出は、助役渋谷庄次が受任した専決権に基づいてした支出負担行為によるものであつて、右支出負担行為が裁量権の範囲を逸脱し裁量権の濫用による違法、不当なものと認め得ないことは前に説示した事実関係に徴して明らかであるから、原告の右主張も採用しない。
5 以上のとおりであるから、川越市は昭和五三年度分各派研修費の支出によつて損害を被つたものということができず、従つて、川越市に右損害の存することを前提として被告に対し、川越市に対する損害の賠償を求める原告の請求は、被告の指揮監督の点について判断するまでもなく失当である。
(結論)
よつて、原告の川越市に代位してする本件訴のうち、昭和五二年度分交付金に関する部分は、いずれもこれを不適法として却下し、川越市に対し金四八〇万円及び内金二四〇万円に対する昭和五三年四月二五日から、内金二四〇万円に対する同年一〇月九日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当として認容し、その余の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(長久保武 大喜多啓光 山田知司)